2009年8月3日月曜日

隠れ蓑


私たち繊維業界は、その流通経路が複雑です。
アパレルメーカーが生地メーカー、商社から素材を仕入れます。
その前には生地問屋さんもありました。

作られた商品は、小売りへ直接売るだけではなく商社、問屋さんを経由しさらに複数の問屋さんが存在したりするのです。
縫製も複雑です。
アパレルメーカーが別の工場で縫ってもらったり、そのまた先に工場があったり
工場を経由するだけでコストは上乗せされていきました。

複雑な流通は過剰在庫も生みました。

でも、一方で多くの人が携わる事でそこにお金が落ちていきました。
豊かになった人々はまた新たな消費を生みました。

複雑な流通を整理し、一括仕入れをする事でイオンは自社ブランド商品の価格を
メーカー品より五割ダウンすると日経新聞に載っていました。
消費者の節約志向に対応する為だそうです。

吐き出された人達の深刻な社会問題、

私たちが求めた豊かさはこんな豊かさだったのでしょうか。

安売りの先に見えるのはどんな社会なのでしょうか。

お客様に満足していただくために、
お客様に喜んでいただくために、

私たちは、お客様という隠れ蓑を脱ぐときが来たのでしょうか。




2009年7月27日月曜日

ブルへ


 泣き虫ブルへ

ブル、

夜が明けたね。
今にも降りだしそうな雲を抱えて夜が明けたよ。
ほら、霧がこんなに立ち込めているよ。

ブル、
散歩に行こうよ。
小鳥が鳴いてるよ。
虫も鳴いてるね。

雨にうたれた葉っぱの中を歩こうよ。
真珠のシャワーで顔を洗おうよ。

君の一生は幸せだったかい。
我が家にもらわれてきてよかったかい。

ブル、
小鳥が鳴いてるよ。
虫も鳴いてるよ。

ほら、高い所で蝉が一斉に鳴きはじめたよ。

ブル・・・今日も一日が始まったよ。



2009年7月20日月曜日

夏祭り


 黒く吸い込まれそうな真夜中の空に、緑の葉を大きく広げたイチョウの木が重なり合って下界を見下ろしています。

今日は一年に一度の祇園祭の最終日
喧嘩みこしといわれるスサノオ神社の神事です。

大太鼓の鈍い音に、小太鼓や鐘が軽やかな調子をそろえます。
ちょうちんを持ったはっぴ姿の若衆が先導する中
エイサー、エイサーの掛け声とともに神輿を担いだ若衆がなだれ込みます。

500キロもあるお神輿に体を預けた時、ふと力がぬけるといいます。
担ぐのではなく預けるのだと聞きました。

自然災害や疫病から人々を守り豊かな稔りをあたえてくれるスサノオの命。

人は自然に決して逆らう事はできません。

でも、自然に体をゆだね自然とともに生きてゆく時
稔りの秋が約束されるのです。

おらが、おらがの心は、やがて神輿におし潰されてしまうでしょう。





2009年7月12日日曜日

伝えたい思い


 伝えたい思いがあります。

でも、ストレートに伝えたらきっと嫌な気持ちになるでしょう。
でも、言わないと伝わらない。

なぜ、人には言葉があるのでしょう。

言葉はどのようにして出来たのでしょう。

伝えたい思いを伝えるはずの言葉なのに

言葉がじゃまをする事があるのです。

「もっと、違う伝え方があったのでは、言わなくっても良かったのでは・・・。」


もしかしたら邪魔をしているのは「ことば」ではなく弱い心なのかもしれません。

信念のない弱い心はいつも人の思いを気にします。


「ジージー・ジージー」 忙しくなく夏ゼミは思いの限りをお腹を震わせて伝えます。

夏はあっという間に鈴虫の季節を迎えます。
外した時はあっという間に過ぎてしまうのです。


2009年7月6日月曜日

雨の音


 ざわめく音を消してください
ひた走る車の音を消してください
電車の音、携帯の音、雑踏の音

作られた音が消えたとき、風の音が聞こえます。
葉っぱのささやきが聞こえます。
歴史をこえた木々の声が聞こえます。

ざわめく音を消してください。

本当のやさしさとは
本当の強さとは

そり落とした中に本物が見えてきます。

2000年の歴史を刻んだ神々の
鎮座するお社で
社長は、雨音の中自分を見つめる心を伝えます。

新時代への、確かな一歩を伝えます。


2009年6月29日月曜日

明日への力


 昨秋から、今年、さらに来年へと多方面の方が経済悪化、さらに深刻化する不況を
予測されています。

例年ならこの時期夏物の受注に部署を超えた応援体制が必要でした。
今年は混乱どころか異様な静けさが不安をかりたてます。

目先の不況対策に、奔放する中
20年前受講していたビジネススクールの資料にこんな言葉が書いてありました。

「明日への経営着眼の条件」

現状否定の経営哲学に徹する事

まず経営上のよきアイデアが生まれるもとは徹底的に現状を否定しなければ
なりません。
われわれがこれでよいと思ったら何もよきものは生まれてこない
何でも現状はこれでは駄目だと言う所からよきものが生まれてくる。
このような考え方が身につくと何でも物事を掘り下げて考えるようになる。
そうするとそこから新しいものが、考え方が生まれてくるのです。

明日の経営を考える場合にはすべての基礎を現状否におかなければなりません。
明日の経営のアイデアはそこから生まれてくるのです。


過去明日の日もわからないことが何度もありました。
吐血の中、会長が下した結論は現状否、破壊でした。

でも、それは破壊ではなく実は新しいものを生む力だったと思うのです。
明日を生み出す力だったと思うのです。


2009年6月22日月曜日

大阪


久しぶりに大阪に行きました。

新幹線のホーム、
列車の響き、アナウンスの声、響きあう警笛、あわただしく行きかう人々の靴音は
以前と同じ忙しく流れます。

訪れた素材メーカーの展示会
新しい時代への提案は、暗闇の私の心に元気を与えてくれました。

不況といわれる中、必死で考え模索し、時代が求めるユニフオームの新素材、
今を見つめ明日を追求する心は、後ろ向きになりがちな私の心に活力をあたえてくれました。

そうだった、皆必死で生きようとしている
必死で明日を見つめようとしている
そして、みんな今日も生活している。

幸せを求めて生きているのです。

一年前には、当たり前だと思っていた事が今は当たり前ではなくなりました。
でも新しい当たり前を私たちは模索し始めたのです。

物が溢れ、仮想のお金が宙を舞い、やがて瓦礫の山にたたずむしかなかった私たちは
新しい時代に一歩を踏み出そうとしているのです。

帰りの新幹線、おそい夏の夕暮れ
多かった荒れ地に緑色した野菜をたくさん見つけたのは私の思い過ごしだったでしょうか。