2012年5月21日月曜日

お任せ


 いつもなら冷たい指先
触ると悲鳴をあげられていた右手も
今日はなんだか様子が違います。
強張っていた右肩もいつもより柔らかいのです。

強張った肩から
枯れ枝のような腕
腫れ上がった右手
少しずつ少しずつ指すってみました。

「あれ、手が少し動く」

冷たかった指先もホカホカ温かです。

いつもと変らないマッサージ。

でも、初めて痛いのを我慢して受けられた病院のリハビリー
変ったのは
お任せの心です。

2012年5月14日月曜日

温室みかん


 蒲郡の温室みかん農家が、テレビで紹介されていました。

木につける実の数、成長過程にあわせた絶妙な温度管理、水やりの時間、量
細かく管理された蒲郡のみかん。
甘くて美味しいみかんは、一般の路地みかんよりも二ヶ月も早く出荷されるのだそうです。

昭和40年代、みかんの価格大暴落で全国のみかん農家が栽培を止めて行きました。
そんな中、先祖から受け継いだみかん作り、「止めるわけにはいかない」
危機をチャンスに変えたのは、地域ぐるみで取り組んだハウス栽培だったのです。

取材に行った俳優さんは
「みかんを厳しく管理して育てていらっしゃいますが、本当にみかんを信頼しているし、
みかんが好きという思いが伝わってきました。
みかんと生産者の人の間には、信頼関係があるかのようです」

信頼されたみかんは、信じたとおりのみかんになろうと努力しているのでしょうか。
人もまた信頼された時、必死で信頼に応えようと努力が始まるのでしょうか。

出来ていないことを不満に思う前に
まず信じてみよう。
その為にすべき事を忘れているのでは・・・。

甘くて美味しいみかんは、厳しい自己管理の中で培われていたのです。

2012年5月7日月曜日

高野山


宿坊の朝は、爽やかな小鳥のさえずりで明けました。
深い霧に覆われた奥の院は、
やがて、しとしとと降る雨の中にありました。

弘法大師が開いた聖地高野山、立ち並ぶ大杉の間に
沢山のお墓や供養塔がありました。

人は限りある命を生きています。
でも、両親から受け継いだ命、
両親はそのまた両親から
そう考えると
今この命は、
遠いはるか彼方の祖先から
脈々と受け継がれてきた命

今ここに私たちは限りある命を
永遠に生きている

こうしていただいている命があることが
生かされている命があることが
どんなに有難いか
どんなに幸せであるか

ふと気がつくと、
先日聞いた、お葬式での説法を思い出しながら
奥の院の石段を一段、一段登っていました。

2012年4月23日月曜日


 「人づくりBF法入門」という本を読みました。

終戦後満州で戦った日本兵はソ連の捕虜としてシベリア抑留にあいました。
厳しい自然、過酷な労働の中で多くの人が亡くなって行きました。
作者は200人の隊を率いる曹長でした。
やがて捕虜生活を要領よく生き抜く為に身につけた方法は、如何にサボるかでした。

そして生涯忘れる事のない出会い。

「私たちを驚かせたのはその酷い身なりだけではなく、その真剣そのものの作業ぶりでした」

「重労働で沢山の仲間が死んでいるんだ、生きる為にはサボる以外にないのだ、それを君たちのようにがむしゃらに仕事をされては統一が乱れてしまう、明日からもっと手を抜いて仕事をやってくれ、いいな」
隊を乱さないように注意に行った作者は逆にこんな言葉を聴くのです。

あなた方は逆立ちの人生を送っているのです
一番大事な芯がぬけています
それでは栄養失調になったり餓死するのは当たり前です。
食事も待遇もあなた達より悪い、でも私たちの目も筋肉も生き生きしています。
あなた達の目はさばの腐った目です。

「あなた方もいいかげんに捕虜を卒業したらどうです
心まで捕虜になる事はありませんよ
大事な事は目的意識の自覚です。
捕虜として敵の仕事をさせられているこの考え方にまちがいの根本が
発しているのです。」

今の時代、捕虜なんてありえない
「あなた達も何かの捕虜になっていませんか、」
どこかでそんな声が聞こえたような気がしました。

2012年4月16日月曜日

いのち


 頂いた冊子に百歳で今なお現役のお医者さん、日野原重明先生のお話が載っ
ていました。

先生は小さい頃から病気ばかりされていたそうです。
京大医学生の時に、肺結核。
当時は特効薬がなかったので、ただ安静にして半年以上寝たきりだったそうです。

つらく悲しい事に出会った時は「なぜこんな事が私にだけおこるのだろうか」と思い
ます。
でもその意味は後からわかるんですね
一年間の闘病生活がなかったら病気の人の心はわからないままだったでしょう。
医学という学問は学ぶ事が出来ますが病気になった人の心は実際になった人で
ないとわかりません。

突然襲った半身の麻痺は
それまでの生活を一変しました。
老いてなお希望いっぱいの人生が、突然暗闇になりました。
一つ一つ手探りで見つけられた小さな明かり

日野原先生はこんな言葉で綴られています。
すぐに癒されなくても持ちこたえられるという信念が希望を生みます。
希望とはどうしたらそこから脱出できるかを考えるのではなく
どうしたらその状況に耐えることができるか、その可能性をあきらめない事です。

そして、先生は次の世代を作る小学生に こんな授業をされているそうです。

心臓は必要なんだけど、命ではなくてポンプで入れ物なんだ。
「いのち」とは皆さん誰もが持っていて

使える時間の事なんだよ。

2012年4月9日月曜日

ありがとう


 その夜、式場は溢れんばかりの人で埋め尽くされていました。

末の娘からの電話で知った訃報
娘の小学校の担任の先生は、独自の教育方針を貫かれ
子供たちだけでなく父兄である私たちにまで慕われる
優しさと強さの塊のような人でした。

毎日先生が手作りされる通信には子供たちの優しさ
思いやり、そんなエピソードがいっぱいです
卒業前の最後の通信、先生からのメッセージ
それは「今日も山のぼり」

そして今日、お通夜
「有り難う、有り難う、有り難う、子供たち有り難う
ご近所の皆さん、ありがとう・・・・・」
ご縁のあった多くの団体、多くの人たちに死期を悟った先生からの
メッセージが代読されました。

限りある命
でも、癌の宣告は先生の活動の妨げにはなりませんでした。
「今日もやまのぼり」病床にあってもなお夢を語られていた先生

そして、今日最後のメッセージ
「ありがとう、ありがとうありがとう・・・・・・」

ただただ、感謝の言葉で埋め尽くされていました。







2012年4月3日火曜日

春風


 穏やかな春の日差しに包まれた暖かい日です。

3月も終わり、なんだか空気が違うのです。
今までにない強い力を感じるのです。

何かが変ろうとしています。
何かが変ってきています。

それは、
工場の周りに植えてあるパンジーが元気よく鮮やか色に
輝いてみえたからでしょうか。

いいえ、
社長から投げられたボールしっかり受け止めよう、
そんな皆の思いが何処からともなく伝わってくるのです。

日本のジーンズ素材やお酒、盆栽が世界で注目を浴びている
そんなニュースを聞きました。

日本人の持つ豊かな感性、精細なまでに研ぎ澄まされた個性
一つ一つのこだわりが評価されているのだそうです。

心地よい春風は

「今週からまた出かけるよ」
会長の顔まで、幸せ色に変えました。