2012年10月16日火曜日
メール
不自由な右手を労わりながら、左手で打たれたのでしょうか、
大きな息使いが聞こえてくる、精一杯の思いが伝わってくる
そんなメールが届きました。
「リミットは日本で最初に女子ユニフォームを製造販売した会社です。
その歴史が数多くのノウハウを蓄積しています。」
「リミットは日本で最初に通信販売を開始した会社です。
その歴史が画像と販売システムの極限を追求した情報を提供します。」
上記を考えたときに女子物のノウハウが継承されているか心配です。
リミットの歴史は、会長の歴史、多くのノウハウが蓄積されてきました。
誰の言う事も聞かれません。
他社がはじめた時はもう遅い、
時代の息吹を敏感に感じておられたのでしょう。
その足は、いつも一歩先を歩いておられました。
創業40年の特別座談会でこんな言葉をみつけました。
「与えられた条件の中でできる事はなにか、
現状に甘えず未来の為の種まきをして欲しい」
常にエンドユーザーである働く女性に寄り添ってきたリミット
もみじが、色づき始めた研修センターの庭に
「伸栄被服創業の地」の石碑が、静かに立っていました。
2012年10月9日火曜日
棚田
BSプレミアム世界一番紀行10月7日に放送されていたのは
中国雲南省の世界で一番の棚田。
広さは54000ヘクタール、標高1800mの地点から深い谷底に向かって延々と連なります。
急な山肌を切り開き、棚田を築いてきたのは、1300年にわたって米作りを続けてきた
少数民族、ハニ族の人々。
番組は丁度収穫の時期
刈り取られる田んぼの中には、鯉が育っていました。
鯉は害虫を食べ、その糞は田んぼの肥やしになります。
収穫のお祝いには鯉の料理が食卓を飾っていました。
人々は、お米を天から授かった神様からの贈り物と言います。
人がやっと通るだけのあぜ道
車も機械も入る事はできません。
収穫の米は肩に担いで運びます。
収穫後のあぜ直し
すべてが人の手で行われます。
気の遠くなるような繰り返し
でもこの繰り返しの中に意味がある
それは私達の歴史であり生活です。
延々と続く棚田
「美しいと言うより愛おしい」
日焼けした肌は誇らしさで輝いていました。
2012年10月1日月曜日
チラシ
いただいたチラシに、たまたま載っていた浄水カートリッジ付きの蛇口
「早く交換してもらえよ。」と注意されながら
ちょっと持ち手が不自由だけど
それでも使えるので、と
いつの間にかもう3年近く
「近所だし
ちょっと行ってみよう」
帰りには注文書を手にしていた私です。
捨てるには忍びないお洒落なチラシ
高級感いっぱいの冊子や心に響く情報誌
広告や、雑誌がポストに入っていない日はありません。
でも、次の行動に
後押しするのは何なのでしょう。
実は、蛇口の大きな写真を見たときから
心は前に向いて行っていたのです。
「そろそろ、換えなくては」
2012年9月24日月曜日
繰り返し
「どうして」
三歳の孫は同じ質問を繰り返します。
「公園に行って遊ぼうね」
「どうして」
「お家の庭は狭いから、公園は広いからみんなが遊べるよ」
「どうして」
「道路で遊んでいたら危ないから、公園はひろいじゃろ」
「どうして」
が何回もつづきます。
昨日の朝、「○○さんが、入院されたらしい」
昨夜、「○○さんが入院されたらしいよ」
そして、今朝
「言ったかの。○○さんが入院しちゃったらしいよ」と主人
「もう、三回も聞きました」と私
学ぶ時も、忘れていく時も
人は繰り返し
繰り返し
繰り返していくのでしょうか。
2012年9月19日水曜日
市電
講演会の帰り道
車をとめた娘のアパートまで
JRなら10分、
たまには、市電に乗って街並みを見て帰ろう
「倍も時間は掛らない、はず」
そんな主人の言葉を信じて
「宮島口」行きに乗りました。
西広島で降り口に向かった赤いシャツのおばさん
なんとなくうかない顔です。
あわてて、「どうだったん」と主人
おばさんは指を重ねて首を横に振ります。
「負けたか」
「この前すごい人出だったね」
「電車に乗れなくて歩いて帰った人もいたらしいですよ」
おしゃべりしているのは、市電の車掌さんとお客様たち
大好きなサッカーのお話らしい、
思わず口をついて出た主人の言葉
「のどかだねー」
なんとなくそう言わせてしまった光景
暖かい、穏やかな、陽だまりのような
いつまでも、なくならないでほしい光景でした。
お目当ての井口駅まで一時間
優しいのどかな風邪がふいていました。
2012年9月11日火曜日
バイキング
地域で採れた野菜が売られていた、山の中の道の駅。
野菜のバイキング料理店が、オープンして一年
休日のお昼時は、待ち時間が一時間はかかる人気のお店に。
大好きな肉じゃがや、旬の野菜は田舎の素朴な味付けです。
まぜご飯におこわ おはぎにデザート
自分でフルコースを作って、田舎育ちの都会帰りのおばさんの
満足度はとても高いのです。
初めて行ったその時は
オープンしてまだ1ヶ月、
不慣れな手つきの叔父さんは
緊張されたのでしょう、
あろう事か二度もお皿を割られてしまいました。
でも、それはそれでとてもほほえましく感じられたのです。
今日は、お皿を割られた叔父さんの姿は見えません。
そして、ちょっと幸せ気分にしてくれる
デザートも、おはぎも別コースになっていました。
お腹に入る量は同じなのに
お皿を割られた叔父さんが、なぜだか懐かしく感じられるのです。
2012年9月3日月曜日
鞆の浦
ゆっくり流れる時間を味わいたくて
鞆の町を歩きました。
曇天の空を映した海は薄褐色いろです。
路地裏の石畳
爽やかな風が通り過ぎていきます。
突然現れた鞆竜馬、
坂本竜馬の、「隠れ部屋」が残るという
「桝屋清右衛門宅」前でにっこり
麦茶をいただきながら、「いろは丸事件」
紀州藩を相手に談判の経緯は
あっという間に約束の時間に
ゆっくり流れた時間は
「また、来よう」
明日へのお土産です。
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