2009年4月25日土曜日

ミツバチ


 今世界で奇妙な現象が起きています。
突如ミツバチがいなくなった、怪奇現象。

ニュースの中、養蜂場のオーナーは答えます。

こんな事は初めて、
いつもの年なら受粉用にミツバチを、果物農家に貸し出しするのに
今年は蜂蜜が例年の半分も採れない。
外国からミツバチを輸入しないといけないけれど、世界でも同じような現象が・・。

その声は弱弱しく聞こえます。

畑の周りをうるさく飛んでいたミツバチ君、
お花の前で羽を小さく震わせながら、黒い塊のようなミツバチ君。
「うるさいな」
手ではねのけていたミツバチ君

そういえば、いつの間にか見かけなくなりました。

春になれば当たり前のように花が咲き、ミツバチや、蝶々が飛び
水をはった田んぼの中には、みずすましにアメンボウ、ひょろひょろと
固まりあったおたまじゃくしの姿がありました。

自然は私達に、多くの恵みを与えてくれていました。
それなのにミツバチの存在すら忘れてしまっていた私です。

この世からミツバチがいなくなったら多くの植物は受粉が出来ないまま
種を残す事が出来ません。
多くの植物が絶滅するかもしれません。

神様、許してください。

それでも、今日もわがままに生きている私です。












2009年4月17日金曜日

商い


 桜も散り、野山が緑に色づきはじめました。
町を走る車の音、学校に向かう子供達の声、なにもかもが華やいで感じます。

春、山も川も小鳥達も、皆が動き始める季節です。

3代続いたその会社は、道を挟んでビルが建っていました。
いつもの年なら、ビルの間を行きかう人たちの元気な姿がありました。
いつもの年なら、備後弁のとびかう明るい声が聞こえていました。

春の息吹は、道に迷ったのでしょうか。
沈黙をまもったそのビルは今日もシャッターが上がりません。


「商売はね、安く仕入れて高く売れば儲かるよ」。

絣から一代にして財をきづかれた
初代オーナーからの助言の言葉だと、会長から聞きました。

「お金、ああそれはひき寄せればいいんですよ」

セミナーでお話された、松下幸之助さんの言葉だそうです。
皆が笑って聞いている中、その言葉を聞いて「そうだ」と思われたのが 
京セラを創業された稲盛和夫さんだったというお話を聞きました。

松下電器産業も社名が、パナソニックに変わりました。

装いも時代とともに変化してきました、人々の価値観も時代とともに変わります。

でもよくよく見てみると、変化の中に時代がある そんな気がするのです。




2009年4月13日月曜日

お好み焼き


娘の勤めている会社は、ソースを作っている会社です。
久しぶりに帰ってきた娘は会社の事をいろいろ話します。

「会社はソースを売るのが目的ではないんだって」
「エッツ ソースを作っているのに?」
「理念は、お好み焼きを広める事なんだって」

「お好み焼きを広める事で、買ってくださいといわなくても
買ってもらえるようになるんだよ」

明日は研修でお好み焼きを作るからと
二人でネットを見ながら勉強です。

そうか、生地は薄くないと もちもち するね。
キャベツは生地で作ったトンネルで蒸し焼きされるから
やわらかく、キャベツの臭みもとれるんだね。

一つ一つの、工程にノウハウがいっぱいです。

「お母さんもよく、1mmが大切っていうよね。
お好み焼きも、洋服も 表から見ただけではわからないんだね。」

ものつくりの原点は、作る物が違ってもその心は同じです。










2009年4月6日月曜日


 村に一本の老いた桜の木がありました。

はるか彼方まで続く緑の山々は、遠くなるほどその緑を濃くします。
春まだ浅い頃、見下ろした田んぼには掘り起こされた土たちがこげ茶色の肌を
むき出しにしています。
冬の訪れが早い村は、何処よりも早く春の息吹を感じるのです。

浅い緑のあぜ道を登ると、そこには古いお堂がありました。
お堂の側の草むらに、半分かれかけた桜の木。

大きな幹に何本もの小枝を重ね、
ピンクの衣は、田舎の空を独り占めしていました。


桜の木は、その年の終わりを、ピンクの花で締めくくります。

遅い春を迎えた年ほど、蓄えられたピンクの樹液が
花びらにより注がれ、いっそうピンクは色濃くなるのです。


 村に一本の老いた桜の木がありました。
 厳しい季節を乗り越えた桜の花は、いっそう鮮やかに
 その年をおわるのです。