2008年8月25日月曜日

Mさんの道具箱


 ミシンの修理から、工場の備品つくりまで何でもこなすMさんは6?才
工場の女性軍の人気者です。
「はいはい、何ですか」 大きな声と明るい笑顔が今日も弾みます。

ミシンを修理して40年、銀色に光るMさんの道具箱を開けてみました。
蓋の部分は自分で縫った、お手製の道具入れ。
黒い皮の板にねじ回しが順序良く並んでいます。
こだわりのまわし棒は、握ると弾力があり手のひらにしっくりなじみます。

スキャナで削ったかなづちは大きな面と、小さな面を使い分け、小さなねじも落とさない
あっぱれスキャナは、苦心の作とか。

何もかもが手作り、自分の体の一部のような道具達。
磨かれた小物達はつんと威張ってみえます。

「昔はねぇ、誰も修理の方法を教えてくれない、先輩の仕事を見て盗むんじゃ」

今年の春、Mさんは副社長と中国の工場に行きました。
工場の壊れたミシンを一台、一台整備していきました。
中国の工場の若い整備士さんも一緒です。

「あんたが、やってみ」
「一回やってもだめだったら、もう一回違う方法でやってみ」
「何回でも、何十回でも違う方法を試してみるんじゃ」
「直ったと思っても、もう一度ミシンを踏んでおられる人に縫ってみてもらうんじゃ」
「待て、すぐその場から逃げてはだめじゃ、時間がたてばまた問題を起こすかもしれん」
「そうじゃ、それで初めて修理は完了じゃ」

眉間にしわを寄せ、大きな声で話すMさんに
若い整備士さんは

「お願いです。眉間にシワをよせないで・・・。」





●・・・ 今月の室長の言葉 ・・・●
腰に手を当て背筋を伸ばし頭を首の上にまっすぐ置いてみました。足は大地の上にしっかり立ちました。青い空、白い雲、そよぐ風は何処からやってくるのでしょう。





2008年8月18日月曜日

お盆


 母のお墓は小さな丘の上にあります。
太陽をいっぱい浴びていつも輝いています。
「太陽がいっぱい降り注ぐ場所がいいな」と、いう私に「夏は暑いぞ」と主人。


田舎のあぜ道は、この季節大きく茂った草たちで覆われます。
見下ろした棚田には凛とした緑の稲穂が、高さを競っています。

朝、木の下で鳴いていた小さなせみは、白樺色のニィーニィー蝉。
昼うるさく鳴いていたあぶらぜみが、かなかなと鳴くひぐらし蝉に変わる頃
村はもう赤とんぼの季節です。

田んぼに切り株が残り,籾殻を焼く煙があちこちから上がります。
遠くで太鼓や鐘の祭囃子が聞こえます。

やがて、かさかさと舞う枯葉の音を聞きながら夜長の秋は深まっていくのです。
早く目覚めたその朝は一面の銀世界、太陽の光を浴びてきらきらと輝きます。

張り詰めた空気が緩む頃、雪の下から顔を出しているのは春を待ちわびている蕗の薹です。

時を経ても変わる事のない自然の営み。
村は自然の営みの中に、人々の暮らしがありました。

なにもなかったお盆はタバコの葉の収穫時期、やにのついた母の黒い手が額の汗をぬぐっていました。


「環境」という名を借りて、私たちは次に何を作ろうとしているのでしょうか。






●・・・ 今月の室長の言葉 ・・・●
腰に手を当て背筋を伸ばし頭を首の上にまっすぐ置いてみました。足は大地の上にしっかり立ちました。目を閉じると草や木のささやきが聞こえるのです。



2008年8月11日月曜日

魂を持った道具達


工場に終了のベルが鳴り響きます。
アイロンの蒸気を抜く人、ミシンの汚れをふき取る人、
一斉に今まで使っていたミシンやアイロンの掃除が始まります。
道具の一つ一つにまるで魂があるかのように・・・。


ある日、工場に立った私の目に映ったのはライン長のkさんの姿でした。

ミシンを包み込むような、ミシンと会話しているようなその姿は、縫う事が大好きと
言っているようです。柔らかい丸みを帯びた手は、流れるようにやさしく生地を包み
込みます。
単調に動くアイロンは、正確に動作を刻んでゆきます。

よく見るとライン長だけではありません。
一人、一人、流れるように動くその手は最後に次の人が仕事がしやすいように
縫いかけの製品は整然と置かれているのです。


一つ一つの作業の中に包み込まれていく心を、服達は知っているのです。


床に糸くずひとつ落ちていない工場は、縫う人の心も磨いているという事を・・・・。




●・・・ 今月の室長の言葉 ・・・●
腰に手を当て背筋を伸ばし頭を首の上にまっすぐ置いてみました。足は大地の上にしっかり立ちました。自然の風を感じた時、もやもやした心が抜けていくのを感じました。











2008年8月3日日曜日

お父さんとゆかた


 夏がくると思い出します。

中学の家庭科に浴衣を縫う授業がありました。
その年、母は入院中で私は父にゆかたの生地をたのみました。

縁側から「ほーら」と父の声、その声に振り向いた私に太陽の光をいっぱいあびた
ひまわりの花が飛び込んできました。
黄色の花びらが白地をバックに笑っています。
緑色の葉っぱが優しい風を送っています。

私は一瞬思いました。
「えっこれ、本当にお父さんがえらんだの。」


野菜を作り写真や水彩画に熱中する父は86歳、少し耳が遠くなってきました。


父の買って来てくれたゆかたの生地はところどころ薄汚れながら、不慣れた
手つきで縫われていきました。
最後にお尻の部分に当て布をつけて出来上がった浴衣は、その年
夏の夜の晴れ着になりました。


着物の生地って不思議です。
はさみで切っても、捨てるところがありません。
少し残った生地は、四角に縫って紐を通して巾着袋になりました。

染めなおしたり、仕立てかえたり、着物は何度もよみがえるのです。




そして、貧しさから逃げ出したかった私は、黙々と働いていた両親から豊かな心を
学んでいる事を知らなかったのです。




●・・・ 今月の室長の言葉 ・・・●
腰に手を当て背筋を伸ばし頭を首の上にまっすぐ置いてみました。そしてお尻に力を入れました。なんだか、口元がきゅっと引き締まってみえました。